今年の誕生日当日は仕事です。

私にとっては特別なお仕事をさせていただきます。
渋谷区で、性虐待について、支援者の方へ講演させていただくのです。そのことが嬉しくて仕方がありません。
今年33歳になるのですが、私が生き抜いてきたこの12年ほどは、本当に大変な道のりでした。
20代前半が一番大変でした。

誕生日に、デートしたりパーティーしたりも楽しいけれど、性虐待についてお話しせせていただくことができるなんて、今年の誕生日は本当に恵まれた、大切な贈り物をいただいたような、そんな風に感じています。

私らしいですし、性虐待につてい講演させていただく機会は、まだまだ少ないからです。喜んでお引き受けいたしました。

metoo などの動きを止めてはいけないし、日本独自の運動も広がって欲しいと心から願っています。

女性の性と人権は、私の生きる意味です。

誕生日といえば、数年前の誕生日、まだカウンセリングを受けていて、ちょうど回復の途上、一番苦しいに、「誕生日によせて」というブログを投稿したことがありました。それを見てくださった大切な方が、「あなた、ほら、コラム書いてたじゃない。あれ、よかったわよ」と褒めてくださったことがありました。(コラムではなく、本当にただの作文です。)誕生日にはいつも、そのことを思い出します。

私は、私の作文を褒めてもらったことがきっかけで、本当にwebで連載を持たせていただくようになり、少しの定収入となって、それを足掛かりとして会社を作って、今の仕事をはじめました。そして、本を書いて出版するようになりました。

「小雪はおじいちゃんみたいなしゃべり方をするw」

と言われて、宝塚の同期たちとうまくコミュニケーションが取れなかった私に、

「あなたは語彙が豊富ね。人は思考するには語彙が必要だから、それはとってもいいことよ」

と教えてくださり、嬉しかった私はそれ以降、たくさん本を読んで、いつでも(本当にいつ何時でも!)辞書を引くようになりました。

そして少しずつ書くことが仕事になるようになりました。

数年後に、私が書いた文章を文芸誌に載せていただいた際、その方のところへお持ちすると、その方は黙ってお読みになった後、黙ってコピーをとって、そっとファイルに入れてくださいました。それが本当に嬉しかった。

人に褒められること、認められることが、こんなにも人間を変えるのだなあと、我がことながら感心します。
(その作文以前は、私はドトール・コーヒーでアルバイトをしており、その仕事は全く向いておらず、本当に大変でした。)

私の能力では残念ながら、書くこと一本ではとても食べていかれませんでしたが、それでも自分を表現する方法を得られて、書くことは心の拠り所になっています。

「生き難さ」を抱える人は、造形でも絵でも音楽でも、書くことでも、ダンスでも、なんでもいいのです。それで食べていけてもいかれなくても、何か自分を表現する方法を探してくれたらなぁと思います。

それを一人で発見するのは、難しい。

自分自身について知るには、愛してくれる他者が必要です。自分一人ではできません。

私は、私の書いた拙いブログの作文を「コラム」などと言って、褒めてくださった方への感謝を、生涯忘れることはありません。

私を育ててくださって、ありがとうございました。