1月某日
大伯母のお墓の場所がわからない。
大伯母の墓参がしたい。

役所に電話で問い合わせても明確な答えが得られず、地元の新聞に投書して掲載されてもだめだった。
もちろん、実母には問い合わせのメールを送っているが、音沙汰がない。

「大伯母の家は、旧園邸と呼ばれている金沢市の指定文化財の古民家で、大伯母が生きていた頃、家庭で深刻な虐待を受けていた私にとって、大伯母とその家は大切な場所だった。」

「おじさん(大伯母の夫)は、昔、飛行機を作っていて、戦争で儲けた。「戦争で儲けた」と祖母から聞かされて、子供心にショックだった。」

「おじさんは、九谷焼のお店をしていて、お蔵に九谷焼の茶碗がたくさん残っていて、私は幼い頃から、金沢の本当に美しい九谷焼の食器を使って食事をしていた(途中で深刻な拒食症になるけど)」

5歳頃の記憶なので、出てくる言葉も幼く、たどたどしくなる。

新聞に掲載された私の投書と、私が話す上記の情報だけで、数分後に、

「おじさんの名前って、酉四郎さん?」
と、言い当てた人がいた。

「なんで知ってるの?」

「その大伯母さんは時子さんだね」
「……。(その通りです)」

「ああ、その九谷焼の店の屋号は”梅園”だね」
「戦争で儲けたから九谷焼の店をやってたんじゃなくて、もともと九谷焼の店をやっていて、その後飛行機会社の社長になったみたいだよ。その後も九谷焼のお店をやってたんじゃないかな?」

屋号が”梅園”だったなんて、知らなかった。
大伯父が飛行機会社の社長だったことも、知らなかった。
九谷焼の店と飛行機会社の順番も勘違いしたままだった(というか、知らなかった)

ただただ、私にとって大切な大伯母にまつわる、大切な情報。

ランチを食べながら、ものの数分でそこまで検索してくれたその人は、

「お墓、見つかると思うよ」
と笑顔で言ってくれた。

真冬の晴れた美しい午後に、私が知らなかった、誰も私に教えてくれなかった、私にとって大切な情報を、調べて教えてくれた。その幸せ。

その感動と感謝は、一日中ずっと胸に残っていた。

(このように、Google先生はマジすごいわけだが、やっぱり「馬鹿と鋏は使いよう」なわけで、私では調べ切らなかったのだ…。)

調べてくれたその人はとても聡明で、かつ心が優しい人なのだ。

仕事がハードでも、しんどいことが重なっても、今日一日を、本当に弾むような心持ちで過ごすことができた。

5月に、金沢に行けたらと思う。

ついでに、実父の墓参りもしたい。(こちらも場所がわからないが、さすがに実父なのと、私が大人になってから墓参りに行っていたので、記憶もあるし、ちょっと調べればわかりそう)

拙著『なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白』を書き、バルバラを聴き、それでも私の父への想いは未整理なままだが、ここらでひとつ、墓参りでもしてみたい気分だ。


ちなみに、その人は「どうして人は、お墓参りをしたいと思うのか?」については、答えてくれなかった。私にもわからない。

ただ、もし大伯母のお墓に、トルコキキョウを供えられたら…
そう考えるだけで胸がいっぱいになって、想像すると、あたたかな、幸せな気持ちになる。

実現するといいなぁと思う。