1月某日
元妻が、私のブログを読んでくれているらしい。嬉しい。
あなたには感謝しているのだよ。本当にありがとうね。

さて、寒い日が続きますね。
私もなかなかにたいへんな日々を過ごしています。

私の親友たち、またお知り合いの中には、自立した一人暮らしの女性が多いわけです。(「デラシネ系」だからね)

そんな大切な人たちが、同時期に何人か、重い風邪で倒れ、「何かあったらすぐ連絡してね」とLINEしました。
幸いにも、実際に駆けつけることはなかったけど、(なんてったって彼女たちは、自立しているのですから)女の一人暮らしには、女友達が絶対に必要よね、という実感が湧きます。

私は頼れる血縁の家族がひとりもいないので、離婚後、頼れる人と緊急連絡先の交換をしました。

iPhoneのヘルスアプリにも登録してあるし、個人情報を紙に書いて財布に入れるというアナログな方法もとっています。

この緊急連絡先カードの作成は、「セクマイあるある」なのですが、セクシュアル・マイノリティに限らず、女の一人暮らしには、緊急連絡先になってくれる人とのつながりが、本当に大切な生命線だと思います。

細いつながり。

もしこの人が死んだら、もし私が事故に遭ったら…

愛する人たちにちゃんと連絡は行くのだろうか?

私のことは、誰が理解して、誰が決めてくれるのだろうか?

これが、血縁の家族だと困るという人が、世の中には非常に多いわけです。

血縁の家族でよい! という方は、大変に恵まれた、レアケースだと思ってよいと思います。

政府は、「家族の絆・支え合い」を強調していますね…。現状とあまりにもかけ離れ、また時代と逆行していると思います。

オンラインで、信頼できる人を登録しておいて、万が一の際にはつながれる仕組みやサービスがあればいいし、それが血縁の家族でなくても、性愛関係があってもなくても、同性でも異性でもよいと思うのです。

その信頼できる人・頼れる人と、生活や人生の全てを共有できなくても、しなくてもぜんぜんよくて、でも、そんなつながりをできるだけ大切に、ゆるやかに、たくさん持つことが必要なんじゃないかなぁと思うのでした。

AIに、部屋の電気は確かにつけて欲しいし、動画も再生してほしいけど、それより何より、のっぴきならない状況になった際に、「頼れる人」に確実に連絡をしてもらいたいものです。

ただその、「頼れる人」を作ることは、私にしかできないと思うので、周囲にいてくださる方々には、やはり有り難さを感じずにはおれません。
皆さん、いつもありがとう。