1月某日
「オトコにモテた」という話の中で「それはもうブレーメンの音楽隊のようだった!!」という楽しいエピソードを話してくれた人がいた。
とても楽しい夜だった。

...が、それは「ブレーメンの音楽隊」ではなく、「ハーメルンの笛吹き」です。おしいっ!
(ミヒャエル・エンデの『ハーメルンの死の舞踏』は非常に好きな戯曲です。オススメいたします。)

私は、現実の世界やリアルな人間関係、そして日常があまりにも生き難いので、本や音楽の世界に救いを求める方なのですが(あとアート)、年末にとてもいい出会いに恵まれました。

私はなまじ音楽教育を受けてしまっているので、これまで本当に辛い思いをしてきました。苦節14年。
やっと音楽の話があう人たちとめぐり合うことができたのです!

音楽の話が合わないというのは、セクマイの感覚に似ているとさえ思います。

・自分だけおかしいのではないか?
・みんなと感じていることと違うことを感じる、自分がおかしいのではないか? 間違っているのではないか?
・でもそれを表明すると仲間はずれになるし、言ってはいけな気がする。

ほら、似てる。
集団の中で、大多数の中で、自分だけ確かに違うことを感じているのにそれを口に出してはいけない。

音楽とセクシュアリティを重ねた書いたのは、私にとって音楽は、生きる上で本当に重要だからです。

「趣味」とアイデンティティの苦しみを重ねることに、賛同できない方も多くいらっしゃると思いますが、私にとって、音楽について心から語り合えないこと、自分の感じたことを表明できないことは、心理的な大きな苦しみのひとつでした。

歌や音楽のその向こう側にある、悲しみやままならなさ、仮に自分とは違う状況にあっても、何か同じ苦しみを感じている人がこの世のどこかにいるのではないか? 自分だけではないのではないか? それを確かめたくて、私は音楽を聴きますし、劇場に足を運びます。

時代を超えても国が違っても、自分が感じているこのどうしようもない痛みは、もしかしたら誰かも感じていた、普遍的なものなのではないか?

私はやっと今、「音楽が好きだ」と言えるようになりました。ほっとしました。
毒にも薬にもならない音楽の楽しみ方が、私にはわかりません。(こういうことを言うと嫌われるので、黙っていることにしています)


最近はYouTubeで好きなだけ音楽を視聴して、好きなものを幅広く探せるので、本当にいいですね。
今はクラシック通の方(プロ)にオススメいただいたラフマニノフと、学生時代から好きだったプッチーニを聴いています。
バレエ音楽は振り付けが頭に浮かんでしまい「懐かしいなあ」一色になり、なかなか楽しめない。

今年はできれば、ラフォルジュルネに行きたいし、西本智実さんと中野信子さんのクラシックの会にも行きたいなぁ。
http://illuminartphil.com/schedule/2017/06/16_0/

おお! 今回。
ワーグナー、プッチーニ、チャイコフスキー。(くるみ割り人形のアダージョとは、グランパドドゥのことだろうか?)
これは行かねば!

オペラはガラコンに行きたいなあ。全幕はまだ今の私では楽しめそうにないからです。バレエは全幕もの、楽しめます。

あとは、坂東玉三郎さんの踊りが観たいです。

昨年は、数多くのアート(主に現代アート)に触れる機会に恵まれたので、今年は初心者ですが、クラシック音楽やオペラ、歌舞伎を楽しめるようになりたいです。

しかし、苦節14年。。
私はタカラヅカ出身だと言うことで、歌が上手いだろうと思われることが本当に何重にも苦痛です。
ただ、多少の音楽教育を受けたこと(謙遜ではなく本当に多少!)と、私の生き難さが合間って、音楽や舞台を楽しむ感性が養われたのではないかと思います。

よかったんたが、なんなんだか。。。