大分県臼杵市に行って参りました。
臼杵市の皆様、本当にありがとうございました。

臼杵市は人口3万7千人。
臨時駐車場を用意してくださり、当日会場には800人を超える方がお越し下さったそうです。本当にありがとうございました。

東京は殺伐としています。
大分は、時間の流れものんびりとしていて、別世界でした。

大分県臼杵市は、「臼杵で充電中」がキャッチフレーズのようですが、日照時間も長く、近くに温泉があり、のんびりとした街並みで、しばらく滞在したら精神衛生上とてもよいと思いました。
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ふぐが美味しいそうです。

が、私は温泉にもつからずトンボ帰り。

帰るなり、ものすごく重要な会議も5分刻み。
友人の成功を讃え喜び合うのも、数十秒間。

満員電車に乗って、俯いて渋谷を歩いて、鈴木杏の「ブランチ! ブランチ! ブランチ!」の絶叫を聞いて、気が狂いそうになりながら過ごす東京もいいし、別府湾が見渡せる場所で過ごすのもいいなぁ、などと。

大分は、本当に自然が美しい、おおらかな場所でした。木にみかんがなっていました。

大分空港から臼杵市までの車内から、尊敬する出口治明さんが、学長に就任されるという大学を、実際に見ることができました。
https://mainichi.jp/articles/20171125/k00/00m/040/103000c

出口さんは、こんなところにお住まいになるのかぁ。ここで学ばれる学生さんが羨ましいです。

ここね。
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出口さんとは、以前対談させていただいており、本当に印象深い対談で、勉強させていただきました。
http://toyokeizai.net/articles/amp/115277?display=b&_event=read-body


今回の出張の長い移動時間、結局、読書ははかどらず、音楽を聴いていました。

今日はライザ・ミネリ。
ライザミネリの母親ジュディー・ガーランドは、ODで自死。
ライザミネリさんは、アディクトの問題は抱えてらしたみたいだけど、まだご存命のようです。

生ライブ、みたかったなぁ。95年のライブ映像を持っていて、時々見ています。今夜も。

『キャバレー』という曲が大好きなのですが、私にも10年ほど前、”エルシー”のような友人がいて、たぶん彼女はもうこの世にはいないと思います。

死に顔が美しく見えるなんて。
幸せに輝いているなんて。

ライザ・ミネリのライブでは、人生を肯定的に歌っているように見える映像もありますが、映画の中では、やはり、やりきれない、本当にかなしい歌だと思います。

キャバレーの最後の歌詞には、「彼女のようにはならない」という日本語訳も「死ぬときは彼女のように」という日本語訳も、他にも様々あります。

でも私はやはり「死ぬときは彼女のように」という意訳がぴったりくるように思います。

こんなにやりきれない歌を、ただ明るくただ楽しそうにあっけらかんと、とんでもないめちゃめちゃな日本語の歌詞で歌う映像を見つけてしまい、思わず友人に送りつけました。(彼はきちんと比較して、ちゃんと共感してくれたので、本当にホッとしました。私にはとても大切なことです。)

いつの時代にも、どこの国でも犠牲になり続ける女性の人生の痛みや苦しみ。

この歌を聴いて、ただ楽しい気持ちになれる人は、いったいどんな人生を生きているのだろう。不可解。

真矢みきさんの歌われるキャバレー、これがなかなか良くて、何度も何度も聴いています。(『赤と黒のキャバレー』2004年に収録されています。このアルバム、いいんですよ…)

真矢みきさんは、ただのビビットの人ではないのです。先日「あの人宝塚なの?」と言われて驚きました。

「!!!」

みきちゃん(大先輩過ぎて私はただのファンなので、心の中では尊敬と愛情を込めてみきちゃんとお呼びしています)は、宝塚きっての花組の大スターで、そしてみきちゃんの歌には悲しみが滲んでいると思います。

歌は、上手いか下手かでなくて、その奥のかなしみを聴きとりたくて、もしかしたらかなしんでいるのは自分だけではないのではないかと思いたくて、聴くのではないかと思います。私はね。

アメリカだろうとフランスだろうと日本だろと、時代が違っても、このかなしみをかなしんでいるのは、私だけではないのではないか? そう思えること。

それを表現してくれている人がいることは、やはり、私には救いです。