『欲望という名の電車』観劇。
素晴らしい舞台でした。

ただ、周囲にこの感動を詳しく語れる人がおらず、ひとり、不完全燃焼極まりない。くるしい。

『私は篠井英介さんのブランチを観ました』とメールくださった方がいて、そう! それ! そこ! 私はその話がしたいの! と、ひとり悶絶している。

大竹しのぶさんのブランチはもちろん、鈴木杏さんのステラ! もう本当に素晴らしかった。
舞台美術も照明も演出も、洗練されており、間違いなく今年一番。一生物の舞台でした。

終演後、楽屋に行かせていただいたのですが、楽屋の雰囲気は未だににがてです。いじめられてたから。そそくさしてしまいます。まあ狭いし、礼儀正しくそそくさしてた方が良いんだけど(物理的に邪魔になるから)、必要以上に心がそそくさしてしまいます。でも、感動と感謝を伝えられてよかった。

あの世界で生き続けるなんて、ほんと、並みのエネルギーじゃないなと思います。

同じ作者、テネシーウィリアズの『ガラスの動物園』に出てくる、ジム・オコナーさんという人物は、今考えれば考えるほど、酷い男である。
病んでるローラにあんなことしておいて、そのままにして、本当に救いがない。昔は(ガラスの動物園は、10代の頃から好きだったので)よくわからなかったが、ジム・オコナーさんの残酷さが、今はわかる。

ところで、宝塚音楽学校に入った時、演劇の授業(座学)も一応あって、同期全員が井上ひさしを読んでないどころか、名前も知らなかったので、驚愕した。そして、私は浮きまくった。おかげさまで演劇の試験の点数はよかったけど。

宝塚退団後は、「たんきぽんきたんころりん」という文学座の試験に受かることだけを意識した選曲で歌を歌って、文学座の研究所に入ったけど、本当に楽しくなかった。なにひとつ、楽しくなかった。
ソーントンワイルダーの『わが町』は好きな戯曲だし、発表会でエミリーをやらせていただいたのだけはいい思い出だけど、本当に楽しくなかった。

おとといの夜「歌ってて、楽しいと思ったこと、なかった?」と聞かれて、そう言えば、なかったな、と、思った。気付くの遅いよ。

宝塚に入るためだけに声楽をはじめて、入ってからは声楽の先生に、私だけピアノの伴奏をめちゃめちゃに弾かれたり(芸事の世界には、変わった形のアカハラ、モラハラがあるのだ)、ただただ同期よりも上手くなることしか、試験でいい点を取れるようになりたいとしか、考えてなかった。声楽はずいぶん頑張ったけど。

歌ってて、楽しいと思うこと、私なかったんだな。。

目に入れても痛くないとはこのこと! という3歳の姪っ子に、YouTubeでディズニーアニメを見せながら、一緒に歌ってあげたら、「ここちゃん、黙って」と言われたことがある。

おばちゃんは、この歌、けっこうちゃんと歌えるのだよ…。その時はちょっとだけ楽しく歌ってたのに…。